1998年度代表馬
ヤシマジャパン
そのきっかけは夏の函館、函館スプリントステークスだった。前2走が京王杯SC8着、高松宮記念15着と言うこともあり、ここは人気を落としていた。だがしかし、京王杯以前はデビュー以来掲示板を外したことがなかったし、オープン特別では常に堅実駆けしていた。馬体重も8キロ絞ってきたし、G3で相手弱化すれば当然狙い頃と思って勝負したら9着。
まあ、そこまではよくある話だ。ヤシマジャパンの次走は札幌日刊スポーツ杯。最内枠引いて、前付けすればもう勝負付は済んでしまうようなメンバー構成。馬体重は4キロ増えて496キロ。人気は相変らずなかったが、当然私は本命。まあ差しに回るなら差しでいいんだけど・・・と思ったら、スタート後手踏んで、馬群に揉まれて最後差してきたものの3着。
ここまで来たらもう引っ込みがつかない。さらに次走キーンランドカップ。ここで、私が「週刊競馬情報」に掲載した予想文を紹介する。
もうこうなったら私とヤシマジャパンのコンクラーベだ。なんのこっちゃ。とにかくヤシマジャパン。今度こそ何とかしてくれ。この夏最後のお願いだ。今ならまだお前に投じた分の金は取り返せる。乗り替わりの幹夫、頼むよ。ホンマに。さて相手はこちらも再度狙うシャドウクリーク。2回叩いて今度こそ。うーん、なんか予想じゃないかもしれん・・・。今見ると何だか痛々しい。それでも、「こここそ勝負駆け!!」と色めき立って穴場に金を突っ込む。勝春から幹夫に乗り変わってさあ勝負!!スタート一発は決めた。ところが、そこからあとは下がるだけの5着。ここに来てようやく私も観念した。もうあきらめた。気がつけば、「この夏つぎ込んだ馬第1位」の称号を与えるまでつぎ込んでしまった。でももうおしまい。ここに至ってようやく「もうヤシマジャパンは買わない」ことを固く誓った。 時は過ぎて11月。ヤシマジャパンは京都のドンカスターSに出走してきた。夏を過ぎ、ちょっとは賢くなった私はヤシマジャパンなど目もくれない。しかし・・・「夏よりも馬体絞れて状態よくなった(松永幹夫談)」ヤシマジャパン、ここを楽勝。私の体の中の血がすべて頭に上ったかのように大噴火。松山先生、なぜ夏のうちに馬体を絞らんのだ? そして何より問題は、この馬がきっかけとなったか、私と松山厩舎の相性が最悪になってしまったのだ。クロカミとかも結構買ったんだけどなぁ。思えばジェニュインの頃から相性よくなかったのかもしれん。 でもヤシマジャパンの次走摩耶S、馬体重+16キロのブクブクの馬体で惨敗したのには笑ったなぁ。松山先生、馬体重は計りましょう。
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